アーノルドとハナコのHCM検査


 キャロンから,HCMに関するメイルが届いて以来,私たちは,わが家の猫達パパとママ,アーノルドとハナコにまず検査を受けさせようと,相談していました.アーノルドは,現在5歳に,ハナコは4歳になったところです.肥大型心筋症を起こす遺伝子変異を持っているとしたら,既に,心筋肥大が起こっている年齢に達しているわけですから,検査でひっかかってくるでしょう.

 メインクーンで問題になっているHCMは,優性の遺伝形式を取ります.つまりは,遺伝的にこの因子を持っていれば,それが,必ず表現型として,現れてくる,という事です.逆に言うと,両親にその病気がなければ,その子供たちは,この病気の遺伝子は,持っていないと言うことになる訳です.わが家の親猫達が検査にパスすれば,このペアから生まれた9匹も子供たちは,一応安心です.もし,この2匹の内のどちらかに,心筋肥大が起こっていたら,次は,これから子供を取ってみたいと思っている,わが家のグランドチャンピオンの男の子達,シマオとバンタローを,検査に連れて行く,覚悟をしていました.


 私たちは,まず病院探しから,始めました.超音波検査はヒトではとても普通の検査法ですが,猫の場合はどうなのでしょう.とりあえず,わが家の近くにある行きつけの獣医さんに聞いてみました.

 この獣医さんは,奥様が看護婦さんで,ご夫婦で小規模に開業なさっている,町の獣医さんといったところです.大規模で,設備が整って,といった感じの獣医さんではないのですが,優しくて,経験豊富で,時にはこちらが物足りなく感じるくらい,余分な検査や,治療はやらない先生です.けれども,その判断は,いつも的確で,私たちが最も信頼している先生です.

 先生がおっしゃるには,「レントゲンである程度わかるし,そういう子は心臓に雑音があるし,エコーの機械はあるけれどね.しっかり,数分間押さえて,おとなしくさせることが出来るんなら,心電図取っても良いけれどね,,,」というお返事で,超音波検査は,頻繁にはやっていなくて,やりたくない雰囲気でした.

 次に,電車で一本で行ける,設備の良さそうな,スタッフも先生も沢山いる,Kアニマルクリニックに電話してみました.ここは,以前,シマオに鼻涙管の検査をお願いした事のある病院です.システマティックに診察をして,検温から始まり,問診,細やかな説明,こちらの質問にも,よく耳を傾けてくれるとても感じの良い病院でした.ただ,先の先生とは対照的に,かなり色々な検査を勧められそうな,気がしました.電話で聞くと,超音波検査は普通にやっていそうでしたが,私たちの意図とは違って,そういう心配のある猫ちゃんでしたら,一度ペットドックをお受けになって,定期検査を受けられて,早めに治療なさることをお勧めします.と言うことでした.私たちは,現時点で全く見た目は健康な子の,除外診断をしてもらうことが目的なので,正直言って,ブリーダーとしての検査する意図を分かって貰えていない,と言う印象でした.

 次に,通勤途中にある獣医さんに寄ってみました.ここの応対はひどいもので,飛び込みで尋ねた私もいけなかったのでしょうが,先生は顔を強ばらせて,そんな検査はうちでは出来ません.T大病院にでも行って下さい.と追い払われ状態でした.きっと,ブリーダーだ,なんて言ったものだから,後から責任追及でもされたらたまらん.と思われたのでしょう.

 もう一件,職場の近所の動物病院に行ってみました.そこの先生は,とても親切な感じでしたが,結局そう言うことは,やはりT大病院に行った方がいい,紹介状は書いてあげますよ.という事でした.

 そこで,夫はT大病院に電話をして聞いてみました.そうすると「猫のHCMの治療はしたことがありますが,今別に病気でなくて,症状が出ていないのなら,良いんじゃないのですか.私たちは治療はしますが,健康診断は,,,」という,お返事でした.もちろんそこで,粘ってお願いすれば,やってもらえたのでしょうが,,


 次に,インターネットの検索サイトでHCMアンド猫で調べてみました.そうしたら,日本獣医畜産大学に,肥大型心筋症の研究をなさっており,そのテーマで論文や学会発表をなさっていらっしゃるK先生が,いらっしゃることが分かりました.そこで,この大学の家畜病院に電話して,聞いてみると,K先生は月曜日の午前中が診察日で,一番最近では4月26日でしたら,予約が入れられます.とのお返事でした.

 ここは,中央線武蔵境駅のすぐ近く,私たちにとっては,電車で1時間半距離,少々遠いのですが,思い切って行くことにしました.


 当日は10時半からの予約で,予定の時間通りに診察が始まりました.まずは,学生さんが沢山並んだ中で,助手らしき先生の問診,体温測定,体全体の大まかな検査が始まり,脈をとり,聴診を受けました.この時点では,二匹とも,別に異常はありませんでした.次に検査項目の説明です.一応一般の血液検査をすること,まずレントゲンを撮って,それから更に,エコーで詳しく調べましょう,と言うことになりました.そこでみんなで,二匹を順番に保定し採血をしました.そして,彼らは,一旦キャリーバックに戻され,検査室にはこばれて行きました.私たちは,待合い室で待つことになりました.

 15分くらいで,まずアーノルドのレントゲンフィルムが出来上がり,K先生登場です.先ほどの助手らしき先生と一緒に,説明をしてもらいました.先生がおっしゃるには,普通,猫の心臓は肋骨2〜3本の間に写るそうですが,アーノルドの心臓は,肋骨の5本分くらいにも渡って,大きく写っていました.ただ,肥大型心筋症で,心臓が大きくなっている場合は,その輪郭がくっきり写るのだそうですが,大きく輪郭がぼやけていて,心膜横隔膜ヘルニアでしょう.と言うことでした.心膜の間に肝臓が入り込んでしまい,心臓や肺が圧迫されているそうです.ただそれは,HCMとは関係がないので,超音波で更に調べて見ます.と言うことでした.けれども,肝臓が心膜に入り込んでいるので,うまく見えるかどうかは,分かりません.とのことでした.

 そんな,お話を聞いている間に,ハナコのレントゲンフィルムも,出来上がりました.先のアーノルドの比べると,とても小さく,肋骨二本分くらいの大きさで,異常はないとの事でした.ただ外から見た目に,大きくなっていなくても,内側に向かって肥大している可能性もあるので,それはエコーの検査でないと分からないそうです.

 二匹のレントゲンフィルムを並べると,ハナコのレントゲンには,肝臓がちゃんと写っていましたが,なんと,アーノルドのは,ばかでかく写った心臓と,そして,肝臓がないと言うもので,本当にびっくりしてしまいました.思えば,彼は,子供の頃から,少し呼吸が速いのではないかと,夫は言っていました.彼は,そう言うことにかけては,心配性で,良く気が付くのです.私の方は,楽天的で,また変な事言って,元気にして,ご飯いっぱい食べてるよ,なんて笑い飛ばしていました.

 再び不安な思いを胸に,待合い室で15分ほど待ちました.途中,毛がふわふわしているので,剃っても良いかと,尋ねられました.もちろん私たちは,その可能性も,考えておりましたので,「良いです.」と答えました.

 再びK先生が,心エコーの写真を持って,現れました.ハナコは,現在のところ,肥大型心筋症の兆候はない,とのことでした.アーノルドも,心臓そのものは,少し肝臓に押しやられて,ゆがんではいるものの,心筋の厚さは正常で,心筋肥大に関しては,今の所問題はないでしょうと言うことでした.  気になる費用ですが,2匹で4万8千円でした.毛剃りの範囲は,心臓の回り,5cm角くらいでした.

 今大丈夫だからと言って,将来HCMにならない保証はないとのことでしたが,この点に関しては,私たちは,先生のおっしゃりたい意味が良く分かります.確実に病気であると言うことは,言えても,病気ではない,ましてや,将来この病気にならないとは,どんな名医だって,100%言い切れるものではないでしょう.ましてや,この病気の場合,特に女の子の場合は,かなり年齢がたってから発症する例もあるわけです.


 けれども,今正直言って,私たちは,ほっとしています.出来るだけの事はしたわけですし,わが家で,一番年長の子達が大丈夫だったのですから,とりあえずは,HCMはかなりの確率で,大丈夫と言って良いと思っています.もちろん100%とは言い切れませんが.

 100%大丈夫と言うには,病因遺伝子が同定され,その遺伝子内に,この疾患を持ったメインクーンに共通の,遺伝子変異が見つからなければなりません.そして,その遺伝子変異がない,ということが,この遺伝病に対する,本当の意味での除外診断です.こういった遺伝子診断が,いつの日か,ペットの中でも,普通に行われる日が来るのでしょうか.そう言ったことまで考えていると,正直言って,人間ではないペットに,そこまで,する必要があるのか,とすら思ってしまいます.

 ただ,血統猫を繁殖させ,特に,その品種としてレベルの高い猫を作りあげると言うことは,私たちブリーダーが,猫と言う生き物に対し,すさまじい選択圧をかけ,生き物本来の自然な生存力を無視した人為的淘汰を行っていると言うことです.その責任から,目をそらせないで,功名心にだけ駆り立てられることのないよう,自重しなければ,と思っています.


 最後に,心膜横隔膜ヘルニアが,発見されたアーノルドについて,どうしようかと,迷っています.手術は出来るそうです.難しさは開腹してみないと分からないそうです.彼は,現在とても元気です.とりあえず,2,3日うちに血液検査の結果が出るでしょう.肝臓の機能に問題がなければ,もう少し様子を見ようと思っています.アーノルドには,これから毎年,予防注射の前にでも,一般の血液検査を受けさせて,肝機能に異常が出た時点で,手術に踏み切ろうかと思っています.

(新本美智枝)