生々しい話ではありますが、数ヶ月前から、キャットショーで競い会っているメインクーンのブリーダーの中に奇妙な噂が流れており、それは私達の耳にも達していました。「筋ジストロフィーの様な恐ろしい遺伝病があって、あの猫と、あの猫がそうなのよ。」という噂でした。筋ジストロフィーという病気の猫での発症例を、私まだ聞いたことはありませんでした。犬や猫では股関節形成不全という遺伝的素因が絡んだ病気があって、大型の猫であるメインクーンでは、症状が重くなり、問題になりますから、その事かなと思いました。正直言って、噂そのものを、とても不愉快に思いました。そして、送られて来た資料を見て、この脊髄性筋萎縮症という病気が噂の根元であることを知りました。
資料によると、メインクーンの中に脊髄性筋萎縮症が発見されたのは、比較的最近の事で、まだ研究途中にあります。しかし、交配実験や家系調査から、この病気が常染色体劣性の遺伝形式を取ることは、明らかとなっています。クーンズクロスというメインクーンのとても有名なキャッテリーのオーナーである、リーご夫妻が、この遺伝病をメインクーンの中に広げないよう、ブリードカウンシルの中でイニシアティブを取って、活動していらっしゃいます。実際にカウンシルの会場に、ご夫妻の罹患猫が持ち込まれ、どういう症状の病気か参加した皆様に披露された様です。
症状に関しては、送られた資料から得られた事をまとめてみましたので、以下のページをご覧下さい。
私が最も危惧するのは、思いこみに満ちた、誤った解釈が日本のブリーダーの中に広がる事です。実際、もうそう言った噂は広がっています。資料の中には、クーンズクロスの中で発症した猫を例に挙げて、家系調査をしたリストがあり、その中に日本にいる猫もかなりな数が含まれていたからです。クーンズクロスは有名なメインクーンのキャッテリーですから、ここから何系統かの猫達が日本に入って来ているのです。
猫がリストに上がっているからと言って、決してその猫が病気である訳ではありません。劣性遺伝病は、その遺伝子を持っていて病気でない猫(キャリア:保因者)同士の組み合わせから産まれて来る子猫の1/4がこの病気を発症します。さらに、例えこの病気を発症した猫でも、キャリアでない猫と掛け合わせれば、正常な子猫しか生まれて来ません。しかし、こういった組み合わせから生まれてくる子猫は、みなキャリアということになります。また、キャリアの猫と、遺伝的にこの病気の因子を持っていない猫との掛け合わせの場合、生まれて来る第1代の子猫では、その半分にキャリアの可能性がありますが、残り半分はこの病気の遺伝子は持っていないという計算になります。リストに上がっている猫は、保因猫とその子孫と言うことで、その遺伝病の猫そのものと言う訳ではありません。決して病気の猫やキャリアの猫のそのもののリストではないのです。けれども、そのリストに名前が上がったというだけで、ブリーダーの中では、その猫があたかも病気の猫のごとく、噂されているのが現状でしょう。
冷静に問題は把握され、正しく理解された上で、対処されなければなりません。ご自分のブリーディングプログラムに入っていた、あるいは今現在入っている猫が、このリストに上がってないブリーダーは幸いでしょう。けれども、カウンシルから送られて来たリストが、この病気のラインの全てではありません。他にも数ラインは存在するでしょう。たまたま、この病気に対して、恐れず、先駆的に取り組んでいらっしゃるリーご夫妻のラインが実例としてあげられたのに過ぎません。遺伝病は、感染性の疾患とは異なり、災難の様にブリーダーに降りかかります。それは、決してそのブリーダーの管理が悪いからではなく、ましてや、その猫が悪いまけでもない、全くの不可抗力で生じるものなのです。けれども、その後、どう対処していくかで、ブリーダーの真価が問われるでしょう。魔女刈りのような陰湿さで尾ひれがついて、噂が一人歩きする事は、問題の解決にはなりません。そういったことはかえって、忌むべき物として、病気の猫が隠され、正しい対処の妨げになるでしょう。
SMAに関して、E-メールで交わされた、幾つかの意見もカウンシルから送られて来た資料の中にありました。参考になればと思い、訳させて頂きました。ご参照下さい。
(文責:新本美智枝 2001年7月末記)