Jan Prock からの手紙

*この手紙を訳すにあたって*

 1998年の11月末にわが家にやって来た子猫達のブリーダー、Caronからある日、お知らせのメイルが届きました。 彼女の猫達を超音波検査したが,HCMはなかった、という内容でした。「HCM?肥大型心筋症?何それ?  アメリカのブリーダー達の間で話題にでもなっているのかしら」と思い、問い合わせの返事を書きました。 そしたら、彼女はJanからの手紙を参考になるだろうからと、直ちに転送してくれました。 その時は、さっと斜め読みして、とりあえず今のショーシーズンが終わったら、 わが家のこれから繁殖させようと思っている男の子達を検査してもらおうと思いました。 そして夫は、“週刊ヒメダルマニュース”に数行HCMのことを書いたのです。

 先日名古屋のショーに行ったとき、何人かの方々がHCMのことを気にしていらっしゃることを知りました。 私の英語力はつたないものですが,とりあえずこの手紙を訳して、 私たちのホームページに置けば、どなたかの参考になるかもしれないと思い、 思い切って訳してみることにしました。

 改めて訳しながら、手紙の原文を読み直し、Janのメインクーンに対する熱い思いと、 ブリーダーとしての強い主張に感動し、そしてライジンが辛い最期を遂げたことに対する 彼女の深い悲しみにを思い、私は何度も涙を流しました。

 この手紙の底に流れている彼女の強い意志を、私のつたない訳で、 どれだけ伝える事が出来ているのか心配ですが、メインクーンを飼っていらっしゃる方々の 参考になれば幸いです。この手紙を訳し、このサイトに置くことについては、 Caronを通じJanの承諾を得ております。感想やご意見を送って頂ければ幸いです。

新本美智枝 shimmoto@rinshoken.or.jp 1999年春


*Jan Prockからの手紙*

 皆様がHCMに取り組んでいらっしゃる姿を見るにつけ、私自身にとりましても、 自分の経験を紹介する良い機会だと思い、この手紙をお送りします。私どもの男の子がHCM (肥大型心筋症:hypertrophic cardiomyopathy)と診断されてから、 何かアドバイスしていただけないかと思い、このメイリングリストに参加させていただくことにしました。 多くの方々に、このリストに参加することを勧められ、そしてここで、 さらにたくさんのメインクーンの愛好家の方々とご一緒させていただくことが出来ました。 この文面を既に受け取っていらっしゃる方、また、聞き及んでいらっしゃる方には申し訳ありませんが、 まだ、ご存知のない方には、こうするのがより良い方法だと思いましたので、 この手紙を送らせていただきます。

 この場には、このリストに加わっている方々の、多くの知恵と経験があることを、 私は知っております。ですから、私はこの場でHCMについて、 皆様に活発な意見の交換をしていただく事を期待して、私がこの11月より経験し、 学んだことを書きました。

 私どものレッドライジン(Coon-A-Kins Red Raisin)は、さる11月に心不全をおこし、 HCM(肥大型心筋症)と診断されました。その後も数週間のうちに、彼は何度も心不全を起こし、 そのうち3度は入院を余儀なくされました。その費用は1500ドルを超えるものでした。 そしてサンクスギビングが過ぎたある日、私たちはとても辛い最終決定を、彼に対して下しました。 死後解剖の結果、彼の心臓壁は11mmで、とても重いHMCであったことが分かりました。 その時点で彼は3歳10カ月でしたが、生きていてくれれば、今週彼は4歳になったところです。 彼は、心雑音もありませんでしたし、最初に彼が倒れるまで、何の症状もありませんでした。

 私は、彼が病気になって以来、何か情報を持っていそうな、あらゆる人たちに問い合わせ、 文献をあさりました。そしてK博士(Dr Kittleson)を知り、コンタクトをとることが、できました。 彼はメインクーンのHCMの権威です。Jody Chintzも私を助けて下さり、 たくさんの情報を提供してくれました。彼女はK博士の多くの研究論文の共著者であり、 HCMに関しての初めてのインターネットのサイト(http://members.aol.com/jchinitz/hcm/) を作り上げるのに、貢献された方です。私はK博士と、この苦しい試練の間、連絡をとりあい、 博士は私が皆様とコンタクトをとり、可能な限り調べると申し出ましたので、 ライジンの系列を追調査することに興味を持って下さいました。私の望みでもありますが、 博士は、HCMの遺伝的マーカーを決める事に役立てようと、ライジンの心臓を保存しています。

 ライジンに関して、K博士は以下のように書いて下さいました。


 この病気は、常染色体優性の形式で遺伝します。と言うことは、
ライジンがこの病気の遺伝子を持っていないメスと交配した場合、
ほぼ半分の子猫は、この病気を発症すると言うことです。もし、
彼をこの病気を持ったメスと交配した場合には、生きて産まれて
きた子猫のほぼ3分の2がHCMを発症し、3分の1は正常、そ
の3分の1相当は死産です。(訳者注:子猫の4分の2がHCM
発症、4分の1が正常、残る4分の1が死産と言う意味です。)

 この病気の因子を持った猫同士の掛け合わせで出来た子猫は、 病気の進行が早くなり、このような子猫達は、オスでもメスでも 1.5歳か、時にはもっと早くに重症になってしまいます。この 病気の因子を持った猫達は全て、軽い子も稀にはいますが、ほと んど重い病気になってしまいます。オスは心不全を若いうちにお こし、たいていの猫は早死にしてしまいます(2〜4歳)。メス はしばしば、なんとか持ち直し、より長い期間行き続けることが できます。私たちは、心不全を起こしたオスを何とか生かそうと、 出来るだけのことをしますが、その予後はとてもひどいものです。 おそらく私たちが生かし続けられたケースの最長は5カ月だった と思います。心不全で死ななかったとしても、この病気を持った 猫は、突然死や、全身性の血栓塞栓症(血栓が身体中のあちこち に出来る)を起こします。

 この病気の検査法に関しては、現在のところ唯一できるのは心 エコー(心臓の超音波検査)です。オスは2歳以上、メスは3歳 以上になっていれば、経験豊かな獣医なら、おそらくこの病気を 見つけ出すことが出来るでしょう。理想を言えば、ライジンの系 統の猫は全て、超音波検査を受けた方が良いでしょう。特に繁殖 に使おうと思っている猫に対しては、必ず超音波検査を受けさせ るべきです。また、この系統の猫の持ち主に、その猫が、半々の 確率でこの致死の病気を持っていることを知らせるべきです。そ して最低限、良い獣医の診断を受けさせるべきです。


 ことの内幕は、ライジンのママ、クリケットがHCMだったということでした。 11月以来、私たちは、自分のキャッテリーから外に出た猫についても、3世代にわたって、 心エコーによるHCM検査をしました。ここ2カ月のうちに、5頭かおそらく6頭のHCMの猫が見つかりました。 この時点では、調べた猫はまだわずかですが、私はもっと多くの猫が、 これから先、数カ月のうちに検査を受けてくれれば良いなと思っています。 クリケットは軽いケースで、5.8歳ですが、心臓壁の厚さは、6.5mmでした。 私たちは彼女がいつの日か死んでしまうまで、一緒に暮らしていきたいと思っていますが、 血餅(血栓の原因となる血の固まり)がいつか彼女を死に至らしめることも分かっています。 ここでは3頭の猫が死にました。そして、 さらにもっと多くの猫が死んでしまうでしょう。

 ライジンが診断されたことで私たちはHCMのことを知りましたが、知らなかったとしたら、 クリケットは何年か先まで子供を産んで、そしてさらに、その子が子供を産んだことでしょう。 運良く彼女は、これまでのところ、たった2回しか子猫を産んでいません。 産んだ子猫の数は全部で11頭です。けれども、不運なことに、彼女が産んだ子猫のうちのいくつかは、 多産で、その子達は約60頭の、彼女にとっては孫を産んでいます。そしてさらには、 20頭の曾孫まで生まれています。と言うことは、ここ4年の間に、一頭の猫から、 90頭の猫が生まれ増えて行ったことになります。そしてK博士の研究が正しければ、 この例では、これらの猫のうち、約45頭の猫が、その生涯のいつの日かにHCMを発症し、 若死にしてしまうでしょう。

 もしこの手紙で誰かが問題意識を持って下されば、とても嬉しいことです。少なくとも、 いくらかのブリーダーの方々への警告にはなってくれるでしょう。私はパニックを起こそうと思って、 これを書いているのではありませんし、誰かを指さそうとしているのでもありません。 いえ、それは私自身に向けてなのです。私は、私の背景にいる猫達や、ブリーダーの方々に、 責任は無いと思っています。そして、同じように、私の責任でもありません。 私は知らなかったのですから、、、90頭かそれ以上の猫が生まれてきて、 その猫達がこんな問題を抱えていようとは。けれども、私は“今”知っています。 そして私が今ここで選んだ道以外のことを選択すれば、それは、私が無責任だということになるでしょう。 私は、誰もが、分かっていて、このHCMを持った猫を繁殖させたりするとは、全く思いません。 私は、この様なことが、他の方々に起こる事を見ていられず、この病気に関することを公表する事にしました。 私はこの様な悲しいことが、オーナーの方々に引き続いて起こったり、 このすばらしい生き物が早死にしてしまうのを見たくはありません。 わたしは、自分が経験したことをレポートできて、嬉しく思ってます。 さらに、私は何も出来ませんが、人々を支持することはできます。もし私が自分の経験を公表することで、 この猫のコミュニティから、追いやられてたとしても、そうなっても、、、 けれども私はそのことをいといません。

 私は、全く病気のない系統の猫を飼っていると思っていました。そう思えない理由は何もなかったのです。 私は何の疑いも持たず、検査さえしませんでした。それが必要だとは思っていなかったのです。 もし、自分たちの猫の祖先の中に、早死にした猫がいなかったら、皆さんも心配したりはしないでしょう。 けどもそれは違います。

 猫達の祖先で、早死にした子がいないとしてもです。親の片方だけがこの病気だった場合、 その子猫はなんの症状もないまま、5、6、7、8年、もしくはもっと長く生き続けることができる場合があります。 K博士が私に最近下さった手紙のなかで、こう言っておられます。 「この病気になった猫の中には、全く臨床的な症状を示さず、エコーでのみ、 この病気を持っていることが分かる場合があります。私自身も、かつてメインクーンを一頭飼っていました。 彼は私と共に6年間を過ごし、10歳の時にHCMが原因で突然死しました。 彼は心エコーの結果から、重症のHCMだと分かりましたが、死ぬまで、全く症状がなかったのです。 このような臨床経過は、おそらく女の子達の間では、 普通に起こっていることでしょう(男の子は、女の子より病状が悪くなるのです)。」

 どのくらいの猫が6〜8歳で死んでいることでしょう。 そしてその死亡原因がHCMだと疑われることはないのです。 それは若い猫の病気だ誤解されているからです。

 また、この病気の猫はいつも心雑音があるという誤解もあります。K博士は、 “たいていの場合は”心雑音があると述べているのです。 私は修飾語句に気をつけるべきだということを、学びました。 K博士は「この因子を持った“たいていの”猫は心雑音があります。」と彼は言っているのです。 「時には、心雑音がない猫もいるが、たいていの場合は、心雑音があります。 場合によっては、他の原因で心雑音がある猫もいますので、心雑音を聴診することが、 100%確かにこの病気、という訳ではないのです。けれども、心雑音があるということは、 一つの手がかりではあります。」と言っています。

 ライジンの場合は、心雑音はありませんでした。亡くなった、もう一匹のライジンの系統の猫も、 心雑音はありませんでした。クリケットも、6カ月前、ちょうど最後の出産をした後ですが、 やはり心雑音はありませんでした。

 心筋肥大を起こしている猫が、いつも突然死、つまりは、痛みのない死を迎える、 という訳ではありません。ライジンの場合、私たちが彼を逝かせてしまうまで、とても苦しがりました。

(訳者注:私どもの行きつけの獣医さんの談“血栓ねえ、猫の場合はたいてい背骨に沿った太い血管が詰まるんだよ. 近くに脊髄があるでしょ、下半身が麻痺したり、痛がって泣き叫ぶんだよ。かわいそうで何とか助けてやろうと、 手術もするんだけれど,まず助からないね。例え助かっても,そういう子は、また血栓が出来ちゃうんだよ”)

 ライジンの診断が着き、この恐ろしい出来事が始まって以来、私は大混乱に陥りました。 私は、出来るだけのことをしました。私は、この病気に見舞われるだろうと思う多くのブリーダーに電話し、 このジレンマの反動にどう対処すればいいかを彼らにアドバイスするために、出来るだけのことをしました。 そこには、ブリーダーとして、このような状況にどう対処すれば良いかという、多くの答えのない疑問がありました。 私はそこで、この猫愛好家のコミュニティーの中に、この病気に関する知識があまりに乏しいことを知りました。 また、たいていの獣医は、K博士の研究を知らず、多くの人たちは、時代遅れの知識で診療をしています。 おおかたの人たちは、HCMが“突然死”を起こす病気であり、若い猫に限って起こるものだと、 思いこんでいることがわかりました。私も、昨年はそう思っていました。 遺伝的な、特殊なことが原因で、それは起こり得るが、決して何度も起こるようなものではないと、、、

 今は、より良い知識があります。この、メインクーンという種類の猫に生じた“癌”をなくすための一歩を、 私たちは踏み出すことが出来ます。教育と繁殖させる猫を調べ選択することが、とても重要なのです。 この方法だけが、この猫種の遺伝子プールから、HCMを減らしていくことが出来るのです。 私は、メインクーンのブリーダーのために検査日を設け、安くHCMを調べてくれるテキサスA&M大学のGordon博士のことを、 ここに書き置きます。最初の診療は10頭の猫で満杯で、5人のボランティアの方々が、手助けを約束してくれています。 私たちは2月中旬に初回が、そして私たちが必要である間、月に一度、この診療が出来れば良いなと思っています。 私たちは、すばらしいスタートを切ったところです。

 私は、もし猫が説明の出来ない死に方をしたときは、その猫の心臓を死後解剖して、調べてもらうつもりです。 また、どのくらいHCMが広がっていて、HCMである猫が、この病気と供に、 どのくらい長く生きていられるのかを知るために、歳をとって引退した猫でも、診療を受ければいいと思っています。 この病気の遺伝子マーカーが発見されるまでには、まだ何年もかかるでしょう。 私はパニックを起こそうと思っているのではありません。この手紙を読んで,人々が、冷静に考えて下さると思います。 これは誰にでも起こることです。そして何が起こったのかわからないうちに、過ぎ去ってしまうのです。

 たいていの猫は、この病気かどうか、2〜3歳になるまでわからないので、ここ数年のうちに、私は、 折に触れ、自分の猫達を検査してもらうつもりです。